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「森づくりはもっと自由でいい!!」林業・森林研究先進国のドイツで学んだ経験をもとに,森林・林業の可能性や魅力を発信していきます。

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その森は、”もしも”の時に耐えられる?

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ふと振り返って、「あのとき、こうしておけばよかった」と思うこと、誰にでもあるのではないでしょうか。
仕事や家庭、旅行のプランでも、少し工夫すれば防げたかもしれない“失敗”があります。

実は、森づくりにも、そうした“あとから悔やむ”場面があります。
しかも自然を相手にする分、未来の予測はもっと難しい。

では、森づくりにひそむリスクをどう見極め、どう付き合っていけばよいのでしょうか。
今回は、その第一歩として、「リスクの種類」と「リスク回避と利益のバランス」について考えてみます。

避けられるリスクと、避けにくいリスク

2025年2月、岩手県大船渡市で大規模な山林火災が発生しました。鎮火が宣言されたのは約40日後。数千ヘクタールに及ぶ森林が焼失したとされています。火災のような出来事は、一度起これば被害が甚大です。
木材を生産する現場では、特に打撃が大きくなります。
このような自然災害は、完全に避けるのが難しいリスクのひとつです。

一方で、植えた苗木がシカに食べられてしまうリスクはどうでしょうか。
これは「保護チューブを巻く」「シカ柵を立てる」「猟師さんに協力してもらって数を調整する」など、手間とお金をかければある程度防げるリスクです。

このように、ひとくちに「リスク」といっても、

  • どうにもならないもの
  • 頑張ればなんとかなるもの

があるのです。

「適地適木」って、いつの“適地”を見てる?

森林づくりでは、「この場所にはこの木が合っている」という考え方、いわゆる「適地適木」が大切にされています。

たとえば、尾根には乾燥に強いアカマツ、斜面の上の方にはヒノキ、湿り気の多い谷沿いにはスギ──。
地形や土壌、水はけなどを見て、それぞれに最も適した木を選ぶという考え方です。

もちろん、これはとても合理的で、長く受け継がれてきた知恵です。

でも、その「適地」はいつの環境を見て決めているのでしょうか?

今の気候を基準にした“最適な木”が、10年後、50年後、100年後にも本当に適していると言えるでしょうか。

木は人間よりもずっと長生きします。
いま「最適」とされる木が、気候が変わった未来にも変わらず育ち続けられるとは限りません。

たとえば、日本の人工林の4割以上を占めるスギは、将来的に南西日本のような地域では気候の変化によって成長が低下するという予測もあります

「今だけ」を見るのではなく、「これから」を見すえる視点が、森づくりには必要になっています。

保険として“混ぜる”

では、そうしたリスクに備えるには、どんな森づくりの方法があるのでしょうか?

たとえば、一種類の木を大量に植えれば、管理はしやすく、木材の性質もそろっていて、収益性も高くなるかもしれません。
しかし、その木が病気に弱かったり、気候変動の影響を受けやすかったりすれば、森全体が一気にダメになってしまうおそれがあります。

反対に、複数の木を組み合わせて植える「混植」は、そうしたリスクへの備えになります2,3
一部の木が不調でも、他の木が補ってくれるかもしれません。これは「避けられるリスク」に対して有効な一策です。

ただし、混植にはコストもあります。
管理が複雑になったり、収穫時期がそろわなかったりといった“保険料”のような負担も生まれます。

とはいえ、混植のメリットはそれだけではありません。

異なる性質の木をうまく組み合わせることで、土壌や光、水といった資源をお互いにうまく使い分け、かえって全体の成長がよくなることもあります(※過去のブログ記事参照)。

つまり、混植は「リスクを分ける工夫」であると同時に、「利益をのばすチャンス」でもあるのです。

リスクをただ避けるだけでなく、備えながら育てる。強くてしなやかな森をめざす。
そんな森づくりの発想が、これからますます大切になっていくのではないでしょうか。

おわりに

今回は、森づくりにひそむリスクと、それにどう向き合うかを紹介しました。

すべてのリスクをなくすことはできません。
でも、どんなリスクがあるかを知り、それにどう備えるかを考えることで、未来への備えが可能になります。

次回は、混植という方法を使って、どうやってリスクに強くて、かつ豊かな森をつくっていけるのか。
その可能性と限界について、もう少し踏み込んでみたいと思います。

参考:

  1. Toriyama, J. et al. Estimating spatial variation in the effects of climate change on the net primary production of Japanese cedar plantations based on modeled carbon dynamics. PLoS ONE 16, (2021).
  2. Loreau, M. et al. Biodiversity as insurance: from concept to measurement and application. Biological Reviews 96, 2333–2354 (2021).
  3. Messier, C. et al. For the sake of resilience and multifunctionality, let’s diversify planted forests! Conservation Letters 15, (2022).

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プロフィール

だい

「森づくりはもっと自由でいい!!」
これまでの単一種を植栽する人工林ではなく,複数種を植栽する混交林の可能性を研究するためドイツで博士課程留学,2023年学位取得。
帰国後も混交林の実験的研究に従事。
10年間国際研究プロジェクトに携わった経験をもとに,最新の研究をわかりやすく紹介しながら,木材生産と環境保全の両立を実現する混交林の可能性,ドイツ留学の体験談を発信していきます。
X:
https://twitter.com/dai_fores_try
学位論文:「Diversity-productivity relationships in young tree communities as influenced by fertilizer applications」


 

えいじ

東京生まれ。明治大学農学部卒、ドイツ・フライブルク大学とスウェーデン・SLUで森林学の修士号取得。
現在ドイツで現地就職目指して活動中。
Fores-Tryではブログ執筆に加え、SNS投稿も担当。
好きな木はイロハモミジ、嫌いなものはクモ。
趣味: 一人旅、スノボ、心理学、FX、YouTube